2006年10月19日木曜日

今にも壊れそうな重力の中で

訃報

>コミックマーケット準備会代表・有限会社コミケット取締役社長 
>米澤嘉博 儀 
>肺癌のため10月1日午前4時40分 逝去いたしました(享年53)
>ここに生前のご交誼を深謝し 謹んでご通知申し上げます

コズミックレイヤーにおいて、コミケは欠かせない要素だった。

完成後、念願叶って米澤さんにコズミックレイヤーをお渡しする事ができた。


めったに渡さないという名刺を交換しながら

「こちら側からこういうものが出てきてうれしい」

と笑いながら話された事は、今でも忘れない。


コミケやオタクといったセカイは、一般のマスコミから常に偏見の目に晒されてきた。

漫画はともかく、映像においては外側のセカイの住人が作っているので

オタクの描写は所詮色モノ扱いに過ぎなかった。

「電車男」ブーム後の現在でも、それは変わらない。だからこその言葉だったのだろう。


観ているかどうかはわからないけど、いつか米澤さんにコズミックレイヤーの感想を聞こせて貰おうと思っていた。

しかし、それは叶わなかった。

コズミックレイヤーを渡した日。

それが、私が米澤さんと言葉を交わした最後となった。




通夜に参列した翌日の告別式の夜、NHKの「@ヒューマン」を観た。

告別式の様子やコミケの歴史をコンパクトに纏め上げていて良い番組だった。

その中でも、番組内に流れた、あるブロガーのコメントが目に留まった。


「居場所を作ってくれてありがとう」


創作というものは自分自身の「創りたい」意思があって初めて成立する。

作ったものを誰にも見せずに、自己満足に浸るというのもアリだと思う。


しかし、

創作したモノを発表するには「場」が必要だ。


それは


家の中で家族に見せたり、

学校で友達に見せたり、

後援のベンチで恋人に見せたり、

マックで友達に見せたり、

上映会や展示会で発表したり、

ライブで演奏したり、


するものだ。だが、当然というか、それは単なる「場所」では無い。

そこに「他者」が存在してこそ重力を持つ「場」として機能する。


よく「自分探し」と称して旅に出る輩がいるが、

結局のところ、それは自分の「居場所探し」に過ぎない。

居場所は他者と交わってこその場所であり、

「僕はここにいてもいいんだ!」

と、どこかのアニメキャラの台詞こそが、「場」の重力に魂を惹かれた自分自身ではなかったか。


コミックマーケットという場の重力源は

スタッフだったり、

サークル参加者だったり、

一般参加者だったり、

コスプレイヤーだったり、

するのだが、それはコミケの「理念」によって惹かれあう重力ではなかったか。

そしてその理念の礎となったのが米澤さんという重力源ではなかったか。


最近ではインターネットに活躍の場を移すクリエイターも多いと聞く。

ネットの方がより多くの人に触れる可能性が高いし、同人誌さえも今や通販で買える時代だ。

でも「コミケは不要」という声は少ない。

それは、コミケの重力が魂を引き寄せる何かがあるからではないか。


これだけ大規模なイベントにもかかわらず、

単なる商業主義に走る事無く、どんなマイナージャンルをも受け入れ、

イントレランスを否定した全てを飲み込む「場」として存在しえた奇跡。

それはまぎれもなく、米澤さんという重力源の存在があったからこそだと思う。


かくいう私も、その重力に惹かれた人間だ。


そして、コズミックレイヤーという作品はコミケの重力に導かれた。

創作は自らの意思だ。しかし、場の持つ重力は意思を強くする。


そして、惹かれあう。


新たな重力に。


重力は更に強さを加速させ、自らを新たな「場」へとワープさせる。

ワープの出口に見えた出会いは、偶然ではなく「必然」なのではないか。


今後のコミックマーケットがどうなるかはわからない。

代表3人という体制が分裂を生み出す土壌となるのでは?

と、疑問視する声も多いと聞く。

実際、昔一度コミケからコミックスクエアというイベントが分裂した事もあった。

徹夜組その他の先送りにしてきた問題も、いつまでも放置できるものでもない。

少なからず、来年以降は今までと違ったものになるはずだ。


だが、悲観する事は無い。

コミケの理念を我々が捨てない限り、重力は簡単になくなるわけではないのだ。

「もうコミケは終わった」という前に、自分達でどうするかを考えるべきだ。


米澤さんの肉体は、もはや地上には存在しない。

だが、彼の魂の持つ重力は完全に消え去ったわけでは無い。

我々がコミケの理念を捨てない限り、コミケという「場」の重力は変わらない。


次の冬コミで私自身がどうなるかはわからない。

そもそもサークル抽選に受からない可能性も高い。

でも、何らかの形で発表の場を作ろうと思う。

だが、それと同時に現状の「場」に留まっているだけではいけない「予兆」もある。


最後に・・・


米澤さん。


今はただ安らかに眠って下さい。


あなたの魂の重力は、簡単に消させませんから。