2007年9月14日金曜日
2006年10月19日木曜日
今にも壊れそうな重力の中で
訃報
>コミックマーケット準備会代表・有限会社コミケット取締役社長
>米澤嘉博 儀
>肺癌のため10月1日午前4時40分 逝去いたしました(享年53)
>ここに生前のご交誼を深謝し 謹んでご通知申し上げます
コズミックレイヤーにおいて、コミケは欠かせない要素だった。
完成後、念願叶って米澤さんにコズミックレイヤーをお渡しする事ができた。
めったに渡さないという名刺を交換しながら
「こちら側からこういうものが出てきてうれしい」
と笑いながら話された事は、今でも忘れない。
コミケやオタクといったセカイは、一般のマスコミから常に偏見の目に晒されてきた。
漫画はともかく、映像においては外側のセカイの住人が作っているので
オタクの描写は所詮色モノ扱いに過ぎなかった。
「電車男」ブーム後の現在でも、それは変わらない。だからこその言葉だったのだろう。
観ているかどうかはわからないけど、いつか米澤さんにコズミックレイヤーの感想を聞こせて貰おうと思っていた。
しかし、それは叶わなかった。
コズミックレイヤーを渡した日。
それが、私が米澤さんと言葉を交わした最後となった。
>コミックマーケット準備会代表・有限会社コミケット取締役社長
>米澤嘉博 儀
>肺癌のため10月1日午前4時40分 逝去いたしました(享年53)
>ここに生前のご交誼を深謝し 謹んでご通知申し上げます
コズミックレイヤーにおいて、コミケは欠かせない要素だった。
完成後、念願叶って米澤さんにコズミックレイヤーをお渡しする事ができた。
めったに渡さないという名刺を交換しながら
「こちら側からこういうものが出てきてうれしい」
と笑いながら話された事は、今でも忘れない。
コミケやオタクといったセカイは、一般のマスコミから常に偏見の目に晒されてきた。
漫画はともかく、映像においては外側のセカイの住人が作っているので
オタクの描写は所詮色モノ扱いに過ぎなかった。
「電車男」ブーム後の現在でも、それは変わらない。だからこその言葉だったのだろう。
観ているかどうかはわからないけど、いつか米澤さんにコズミックレイヤーの感想を聞こせて貰おうと思っていた。
しかし、それは叶わなかった。
コズミックレイヤーを渡した日。
それが、私が米澤さんと言葉を交わした最後となった。
2006年9月30日土曜日
ヤマト発進!
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